まーーーーー、よく寝た。すべらない話を見て、気がつくと張本が「喝!」とやっていた。つまり正味半日は寝ていたことになる。一年分の疲れを、一夜で癒さんとばかりに寝た。ベッドと一心同体。ともすると、ベッドが僕で、僕がベッドだ。
僕は何が好きって、寝ることが大好きだ。「趣味・惰眠」、と書くと「ああ、こいつはダメ人間なのだな。救いようもないダメ人間なのだな。」と思われるので普段は公にしないが、本当のところは、まあヒマさえあれば一秒でも多く寝ていたい人間だ。
今年一年、日々の暮らしが忙しく、僕の趣味であるところの「惰眠」は著しく封印された。人は、「惰眠なんていつでも取れるじゃない」と言うかもしれないが、それは違う。僕が欲しいのはそんな付け焼刃で、怠惰な惰眠じゃない。「真の意味の、心からの、全身全霊の、僕の全存在をかけて、怠ける」という「惰眠の中の惰眠」、いわば「キング・オブ・惰眠」―僕が求めているのは、そんな高尚で崇高な惰眠なのである。
ひとつ、次の日に仕事あってはいけない
ひとつ、読みかけの本があってはいけない
ひとつ、見たい映画があってもいけないし
ひとつ、寝る前にきっちり用も足さなければならない
もはや何も不安のない。いっそこのまま死んでしまってもかまわない。そんな状態を作り上げて初めて、真の惰眠は訪れる。そう、惰眠を貪る上での重要な材料は「安心感」で、多いの日も安心な夜用スーパー並みの「安心感」があってこそ、真の惰眠との邂逅は訪れるのだ。
そういうわけで昨日は、年賀状を書き、映画を一本見て、本を2冊読み、たらふく食べ、たらふく出し、ゆっくりと風呂に浸かり、すべらない話でたっぷり笑い、おなか一杯に「安心感」を貯めこんで、そして寝た。ここまで努力をして惰眠に向かう人間が他にいるであろうか、いやいない。
怠ける為の全力の努力。安心感を得るために不安で一杯になる―
あああこんなもの、一種の病気じゃないか!惰眠の為にむしろ心を焦られ、体の方だって結局寝すぎて逆に疲れちゃってるんだから、本末転倒もいいところじゃないか…!
…だが、
それでいい! だが、それがいい!!
「後悔」
それこそが、惰眠を貪る上での極上のソースなのだ!!!
…
…
ああ、少ない休みが無駄になっていく…。

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