最近、切に思う―反省にも後悔にも似た、それでいてどうすることも出来ないこの気持ち。週末になると必ず僕を襲う、この気持ち。

「あー、また飲みすぎちゃったよー、金が泡のごとく消えていったよー、飲み代に金使いすぎなんだよー、これならプレステ3買えちゃうよ―、死にてぇよぉぉぉぉー。」



この頃、道楽ときたら、もっぱら「食」そして「酒」。仕事が忙しい中で、「食い道楽」というものは手っ取り早く憂さを晴らせるゆえ、どうしても週末になると、かのように豪遊してしまう。

うまいものを食えるだけ食い、うまい酒を浴びるように飲む。それは良い。たまらなく良いことだ。しかしながら、酔いが冷め、ふと部屋で一人になった時、僕はこのようにも思う。「ああ、これならプレステ3だって買えちゃうよ」、と。そう、結局のところ、酒と共に泡のように消えたお金は、僕のもとに何も残していない。僕の体にたまったこのコレステロールどもは、お金の使い方によってはプレステ3であった可能性もある。


さて、そんな僕が、先週末はめずらしく飲みに行かず、ならば家でゆっくり本でも読んでいようと、ブックオフを訪れていた。気になる本をざっと物色し、レジに向かう。が、その前に、いつもは行かないゲームコーナーにふと目が留まった。

「あ、プレステ3だ。」

プレステ3が売っていてた。だが高い、高すぎる。僕が毎夜飲みに行かなければ、十分に買えていたかもしれないのに。僕がせっせとメタボリック一直線に突き進んでいなければ、このまま店員に札束をぶつけて、家に一直線、ゲーム三昧していたはずなのに。ああ高嶺の花、プレステ3。


というか。


その時気付いた。


「あ、というか、俺、プレステ2すら持ってないじゃん。」


プレステ2、1万円ちょい。安い。刹那、僕の頭に天啓が閃く。結果、即購入。



俺って天才じゃないだろうか。世がプレステ3とやらに湧き立っている昨今。そこにあえて今からプレステ2。だからこそプレステ2。ソフトは腐るほどある。でも全部安い。ドラクエなんて500円だ。良いことずくめじゃないか。これが有効なお金に使い方ってもんだ。まさに天啓!!

最新型のプレステ2のその薄さと、我が圧倒的閃きに興奮抑えきれず、「むふ、むふふ」とうすら笑いを浮かべながら帰路につく。目の前に広がるゲーム三昧の日々。やった、やったぞ―



それが先週の日曜日。

仕事が終わり、一杯飲んでから家に帰ると、もはや風呂に入って寝る時間。日曜日以来、プレステ2には一回も触っていない。今やっと理解した。なぜ今までゲームすら買わずに、少ないお金を飲み代に当てていたのか。なぜかような後悔に苛まれながらも、いつもいつも酒を飲むのか。


「だってお酒が好きなんだもの。」


要はそういうことだ。言いたかったのはそれだけだ。つまり今日の日記は読み飛ばし推奨だ。


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なんでか、と思うものがある。なんで、まだ存在するのか、と。それは、黒板。駅の伝言用の黒板。あれって、なぜにいまだに、あそこに存在しているのか。国民総携帯ユーザーの昨今、なのに今もまだ駅に存在する伝言用黒板。誰が使うのか、なぜ使うのか、僕はその大きな謎のことを考え、悩み、今日も8時間ほどしか眠れない日々を過ごしている。

先程、こんな黒板を見かけた。


今日来るーーー?   りさ

行くよーー       さや



なぜにこのような会話が駅の伝言板でなされたのか。りさとさやは携帯電話を持っていないのか。謎、謎、謎。―だがあえて今日はちょっとだけ想像を働かし、この謎に挑んでみよう。


考えられうるケース―


【case1】 暗号説

かの名作漫画「シティーハンター」において黒板に「XYZ」と書くことで、それを依頼の合図としていたように、これも一種の暗号なのではないか。携帯電話等の現代機器を使うことで生じる、盗聴その他の危険を回避する為のものではないか。もしこれが暗号だとするならば…


今日来るーーー?   りさ  

今日の取引には例のブツを持って、お前ひとりで来い。おっと、余計な考えは起こさない方がいいぜ? 蜂の巣になってコンクリートにキスしたくはないだろう?  コードネーム・りさ(国際指名手配犯・マシンガンのスティッグマイヤー) 


行くよーー   さや

ああ、分かった俺一人で行こう。その代わり、きちんとボスは返してもらうぜ。だがもしボスになにかあって見ろ?一家の面子をかけて貴様を地の果てまで追い詰めるぜ?貴様も、貴様の家族も、貴様の恋人も、細切れに切り刻んでやる。一度抜いた刀は簡単には鞘には戻せねぇからな。




もしくはこんなケースはどうだろうか―


【case2】 りさとさやは本当に携帯電話を持ってない。

りさとさやはもしかしたら齢80くらいのご老人なのではないか。だとしたらこの伝言、多少誤字があるので直さなくてはならない。

今日来るーーー?   りさ  

今日御迎え来るーー?  りさ


行くよーー   さや

逝くよーー   さや







結局、謎は深まるばかりだ。都会の遺物・駅の伝言板―ちょっと時代錯誤で、でもなんだか憎めない彼ら。様々な言葉や想いをその内にこめ、過去・現代・未来を今日も紡ぐ。なんて。


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大人は汚い。そう思えた僕は一体どこへ行ったのだろうか。

僕がまだピュアボーイだったあの頃の話。僕は真っ白なシャツを着て、真っ白なブリーフを履き、ピュアの名の下にそれはそれはピュアな日々を過ごしていた。

初めてのバイトは飲食店だった。仕事、というものがまったく何か分かっていないピュアな僕は、何もかもを見るまま、言われるがままに、バカ正直に信じていた。



今日も真っ白なブリーフにシミひとつないことを確認し、バイトにやって来た僕。先輩が、なにやらお客さん(60歳くらいのおばさん)と揉めている。なんでも、そのお客さん、目が不自由な方らしく、店の食券がうまく買えなかったらしい。この場合、こちらとしてはもちろん、間違って買った食券の払い戻しはするわけだが、そのときはどうもタイミングが悪かった。店が大混みで、そのお客さんへの対応が後手に回ってしまったのである。それでクレームが来た。クレームを食らった先輩はこう言っていた、「あのババァ、目が悪いからって、態度が悪い言い訳にはなんねーよ!」と。たしかに、そのおばさん、態度はかなり悪かった。かなりの悪態をついていた。だが、僕は思った。それでも、あくまで悪いのはこっちだ、と。ましてや目の不自由な人に対して、この先輩は何てことを言うのだと心の中で憤慨した。

それ以後、僕はそのおばさんが来るたびに、おばさんが食券を買わなくていいよう、さっと近寄り、直接オーダーを聞いた。メニューについて、言葉で詳しく説明し、目が見えなくても大丈夫なように配慮した。たとえ、それは店が大混雑であっても実行した。「店をシステマチックに回すのは二の次。まずは相手への誠意ありき。」、僕はそう信じて接客を行なった。結果、おばさんは店の常連になってくれた。僕をひいきにしてくれた。最初は「メニューが良く見えず、食券が買えない」というもののみだった要求が、やれ「御飯を大盛りにしろ」だの、やれ「ビールをおまけしろ」だの、どんどんエスカレートしていったのが気にはなったが、それでも出来る範囲内の要求には応えるように努力した。それが良い接客だと信じていた。数年後の就活活動で「接客とは?」と聞かれ、その話をしたぐらいだ。



時は流れ昨日。僕の白ブリーフはきたなく薄汚れ、きたねぇ居酒屋で、どうしようもねぇ酒を飲んで来た深夜のこと。

僕の目の前を、そのおばさんが通り過ぎた。自転車に乗って全速力で。



「ちょっ…全然、見えてんじゃん!!」

大人は汚い。あの頃の僕なら、そう声高に叫んでいただろうか。でも今はそこまでは思わない。それも「大人」というものの一種の側面だろう。品は無いが、悪ではない。そのように思う。
僕は、成人はしたものの、人生と言う長いスパンで考えるならば、まだ大人と子供の境界線にいるような年齢だ。だから本当の「大人」については分からないことも多い。これから何を得、そして何を無くすのか―少しの期待と、大きな不安の中で、今も日々を過ごしている。





そうだ、

だがひとつ、ひとつだけ、僕の中で変わらぬ確かなことがあった。今まではその表面が靄に包まれており、よく見えなかったのだが、昨日でようやくその全貌を覗くことが出来た。その確かなものは、今まで見えなかっただけで、やはり昔から変わらずに僕の中に在ったのだ。


「あ、やっぱり、俺、あのババァのこと、嫌いだったんだ。」


良い接客、など所詮は自己満足の世界だ。本当にお客を愛してる人間は決してそんな言葉は使わない。



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最近は結構書きたい事が多いのですが、なかなかどうして時間がなく、ちょっとしたブログジレンマに陥っております。むかーしむかし毎日のごとくブログを書いていて、何もありもしない所から無理矢理文章をこねくり出していた頃が懐かしいです。

今日は本当は「自衛隊が正露丸を常時装備に!」というニュースについて書こうと思っていました。正露丸の語源が実は征露丸で、それは日露戦争の時に開発されたもので、なんて話を、同じく自衛隊が最近開発したというガンダムにでも触れつつ。

しかしながら、今朝、今朝のことでした。ちょっとかなーりすごいものを目撃してしまいまして。今日は自衛隊に代わり、そっちの話をしたいと思います。

通勤の時の話。僕は電車を降り、階段を上っておりました。「ああ、眠いなあ。いつもと同じ風景、いつもと同じ日常が今日も始まるのだなぁ」なんて思いつつ、階段をてくてくと上っておったのです。その時!でした。ちょうど、僕の真横を、僕とは逆方向に―つまりは階段を下っている人が、いきなり「バシーーーーン!!」と。ええと、なにが「バシーーーーン!!」かといいますと、男の人が手に持ったカバンで後ろにいる女の人をフルスイングで殴っているんですよ、その音が「バシーーーーン!!」と聞こえてきたわけです。そう、丁度、裏拳のような形ですね。そして、僕が「うおぉ、なんだなんだ、何が起こった!?」と頭を巡らす間もなく、その後が更にすごくて、その叩かれた女の人が、今度はものすごい怒りの形相で、間髪を入れずにその男の人の背中を「ドン!!」と。階段で、ですよ。階段で人間の背中を「ドン!!」、とやったのです。「バシーーーーン!!ドン!!」、この間約1秒。まさに一瞬の出来事でしたね。

結局、両者とも大怪我をするような事態にはならなかったみたいでしたが、このげに恐ろしい光景を朝から見てしまい、こっちはすっかり目が覚めちやがいました。僕の横を通り過ぎて、「バシーーーーン!!ドン!!」になるまでに、彼らにどのようなイザコザがあったかは分かりません。ただ、朝のあの通勤ラッシュ独特の、皆に蔓延するイライラの虫のようなものが原因のひとつであろうことは、想像に堅くありません。

まあ、イライラの気持ちは分かりますが、大の男が女性の顔面をカバンでフルスイングはいただけません。カ・バ・ン、ですから、決して読売巨人・小笠原のバット、ではありませんから。というか万が一にあなたが小笠原のバットを手に入れたとしても、女性の顔面をジャストミートするのは、たぶんダメです。たぶん脳髄グシャーンなって、目玉ボーンなります。目玉ボーンなったら、パトカーウゥゥーンの手錠カシャーンです。というか女の人は殴ってはダメです。

そういえば昔偉い人が言ってましたっけ。『男はいかなる時も女に手を上げてはいけない。なぜなら、いかなる時も女の仕返しほど恐ろしいものはこの世には存在しないからだ。』って。まあ、これは今僕が考えたんですけど。

いや、でも実際ね、その男の人、階段の低い所から落とされたからまだいいものの、一歩間違えたらもっと上から、更に下手したら線路に落とされても不思議じゃなかったですよ。そのくらい女の人はその一瞬、恐ろしい顔をしていましたもの。「あ、鬼が出た」って思いましたもの。

先にも述べましたけど、朝のラッシュ時は、彼らほどではないものの、皆とても怖い顔をして駅を歩いてます。きっと、かく言う僕も人のことを言えるわけではないでしょう。イライラ虫にやられてる時に、ふとしたことでいきなりキレないとも言い切れません。気をつけていかねばなりません。爽やかな笑顔で、っていうのは無理だとしても、人を威嚇するような怖い顔を朝からはしないようにしたいものです。

…えっと、オチ?この話にオチはないですよ。ええ、別にいいじゃないですか、今回は僕の代わりに階段から落ちてくれた人がいるのですから。

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ハードボイルド・ワンダーランド

 私は2杯目のビールを胃の中へと流し込むと、先程の雨でよれよれになってしまったセブンスターに火をつけた。耳元で流れるディランの音楽は次第に遠くなり、読みかけの『カラマーゾフの兄弟』を枕元にそっと置く。徐々に、私の脳の中で意識と無意識が交差をし出す。「貴方が無くしたものは私が無くしたものでもあるの。貴方はをそれを自分のもとへと戻したいと思うのでしょうけど、全てのものは“あるべき場所”が存在して、それは貴方が無くしたものなのだけれど、一方では“あるべき場所”に戻ったとも言えるの。」彼女の言葉がリフレインする。“あるべき場所”、というものがそこにあるとすれば―私は、今はもう空になってしまったその箱を手に取り、思索の海に身を漂わす。ディランが『メンフィス・ブルース・アゲイン」』を唄い終った頃、昨日も、そして1年前もそうであったように―もはやそれがそこにあることが私の日常であったかのように、静かに、そして確かに、電話が鳴り出した。「やれやれ。」、私は電話を切り、手元にあるメモ紙に目を通した。どうやらその時が来たようだ。一瞬だけ彼女のことが頭に浮かんだが、そこで私の思考はぷつりと途切れた。ボブ・ディランは『激しい雨』を唄いつづけていた。




世界の終わり

 灰色、緑、そして桃色、めまぐるしく変わる景色の中、僕は目を覚ました。さっき、といっても僕がどれくらい眠ってしまっていたかは分からなく、本当はずっと昔の事なのかもしれないのだけれど、さっきまで元気良く周りを走り回っていた一角獣たちは、一斉に、あたかも生きる欲望すらも失ってしまったのごとく、息をひそめ、ただその時が来るのを待ち構えていた。そう、一角獣たちは誰かが息絶えるのをずっと待っているのだ。僕の仕事はこの図書館で、僕の思うままに今日も明日も、僕の“あるべき場所”を探すことなのだと老人は言っていた。その言葉を思い出すたび、僕の頭はひどく混乱をする。頭蓋骨はきいきいと嫌な音を鳴らす。そんな時、僕はいつも彼女のことを思い出し彼女を探すのだけれども、いつも寸前の所で彼女は僕のもとから離れていってしまう。「ああ、やっと逢えたね。」、僕の影が僕に話しかけてきた。僕が黙っていると、影は話し続けた。「そこにある世界が僕達にとって正しい世界なのかは分からない。しかし少なくとも僕たちが生きる世界ではあるんだ。分かるだろ、君と僕はいっしょ。僕は君に着いて行くよ。」、僕は肯いて立ち上がり、ポケットの中の古ぼけたメモ紙をくしゃくしゃに丸めた。


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今日は気になることの多い一日でした。電車で平井堅そっくりな人に会ったり、いまどき携帯に知らない電話からショートメールが来たり。

なかでも僕を一日中悩ませたのが、謎の女の人で。話は昨晩に戻るのですけれど、ご他聞漏れず愚にもつかない酒を煽って帰ってきた夜の1時、家の前のアパートの階段付近に女の人が犬をつれてたむろっているのを目撃しました。この雨の中、傘もささずにふらふらとしてるもんだから、大方恋人にでもフラれたのだろうと、これはあんまり目をあわさないようにしようと、その時は特に気にもせずにいたのですが。

一夜明けて今日、朝の10時くらいでしょうか。外に出ると、まだいるんです、その女の人。階段に座って、犬をつれたまま、同じ服で。正確には昨日の晩からずっとそこにいたのかは分からないのですけれど、僕の中ではすっかり「え、昨日からずっとここにいるの!?」という判断がその時は下されてしまって。人間、というか僕のようなダメ人間は、そういう風に動揺してしまうと、咄嗟に見て見ぬフリをしてしまうみたいで、とりあえず早足でその場を通り過ぎたのですよ。

でもそれからが大変で。

12時、帰宅、まだいる。

16時、再び外出、でもまだいる。



そうなると、どんどんとその女の人のことが気になってきてしまって。電車に乗っている時も、ご飯を食べている時も、ぐるぐると頭の中でその女の人に対する色々な想像が膨らみだしてしまって。

「もしかしたら鍵とかがないのでは。」「この雨の中寒くないのかな。」「喫茶店でも行ってればいいのに。」「あ、もしかしてお金持ってないんじゃ。」「というか、犬をつれていたら喫茶店にも行けないよな。」「ああ、なんでさっき見て見ぬふりしたんだろ。」「よし、もし家に帰った時にまだいたら、大丈夫か声をかけてみよう。」「いや、それは俺が変な人だと思われないか。」「ううむ、でももし本当に困ってる人だったら…。」「てか、あれだよな、普通アパートの階段にずっと人が座り込んでたら住人は誰かしらは声かけるよな。」「ん、ということは、もしかして、あの人は俺にしか見えない人なのでは。」「犬と一緒に成仏できずにいる自縛霊とかでは。」「でもわりと美人だったよな、あんな自縛霊なら…」「…っ、バカか、俺は。」

結局、夜に帰ってきたときにはその女の人はいませんでした。僕は意を決して声をかけるつもりでしたので、これがちょっと寂しかったりもしました。なんだよちょっとそれがきっかけで恋とか芽生えるとか思ってたんじゃねぇの?、と自問自答してみると、どうもあながち完全否定は出来ない様で、そんな自分のダメっぷりを顧みて、今は布団の中でひとりもぞもぞとしております。

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なんにでも「名前」というのは非常に大切なもので。「名は体を表す」ではないけれど、そのものの持つ名前がその全てを決めるといっても過言ではない、と僕は思う。例えば、『フェラーリ』という名前は本当に速い感じがするし、『ベンツ』と言われれば頑丈で強固なイメージがすぐに思い浮かぶ。もしこれが『フニャーリ』や『ペンツ』といった名前だったら誰が買うであろうか。こち亀の中川くんの愛車が『フニャーリF40』では、普通に両さんの自転車に追い抜かされそうだ。多分この中川くんは右と左で違う靴下を履いている。


更に言えば、名前さえ良ければ中身はわりかしどうにでもなる、という部分もある。今パッと思いついたのが、大ベストセラーとなった『リアル鬼ごっこ』という小説。
この小説(ファンの方に非常に申し訳ないのであるが、あくまで私的感想として聞いてもらいたいのであるが)、まーーーーーーーーーひどい内容だ。読んでいる本を途中で「もう読みたくない」と思ったのは、夢野久作の『ドグラ・マグラ』以来である。ある意味奇書である。

しかし、この『リアル鬼ごっこ』、前述した通り、映画化も決定した大ベストセラーである。作者が自費出版という形で世に出したにも関わらず、まあ売れに売れた。今更わざわざ言うことでもないのであるが、僕は、この本が売れた理由こそまさに「ネーミングの妙」であろう、と思うのである。

『リアル鬼ごっこ』―なんと素晴らしく完璧なネーミングであろう。誰もがやったこのある「鬼ごっこ」という言葉の持つノスタルジーかつエキサイティングな響き。それを包む「リアル」という言葉のサスペンスな香り。組み合わせが絶妙だ。ファンタジーとリアルの間。これがもし「リアルかくれんぼ」だったら、それは単なるプチ家出だし、「リアルどろけい」はぜひとも勘弁願いたい。「リアルおままごと」などは現実だけで十分で、仕事から帰って来て真っ暗な部屋に「チンして食べて下さい」のメモ紙と共に冷や飯とコロッケだけが置いてあったら、僕は幼馴染のアサミちゃんの顔面にコロッケもといドロ団子を全力でぶつけていたはずだ。そう、『リアル鬼ごっこ』という名前だからこそ、なのである。「え、リアルに鬼ごっこやっちゃっていいの!?いいの!?」…はじめてこの本を書店で見かけたときの胸の高揚感は今でも忘れない。(逆を言えばその期待が高すぎた。)


さて、あいかわらずだいぶ話がそれたわけだ。実は今日僕が言いたいのはそんなことではなく、先程行ったローソンでの話なのである。お弁当とお茶を持ってレジに向かった折のことだった。ふと、視線を下に向けると、そこにはとある商品があった。よくお団子とか置いてある所に、とても気になる商品があったのだ。


『キン肉マンの肉まん』


!!


なんと素晴らしいネーミングだ。今更「キン肉マン」のダジャレで「肉まん」を出すとは。
まさに盲点。恥ずかしげもなく誰がこんなバカバカしいことをやるというのか。感服の勝負根性ではないか…!

と思ったのは束の間で。『キン肉マンの肉まん』のその隣、僕は更なる衝撃的な商品を目のあたりにした。


『テリーマンのテリヤキハンバーグまん』







いや、これは無理あるだろ。いくらなんでも。

ダジャレとしてレベル低すぎるし。あきらかに『キン肉マンの肉まん』ありきの便乗的発想だし。ならむしろ、焼きそばパン的発想の『ラーメンまん』とか三種類の味が楽しめる『アシュラまん』とかの方がしっくりくるし。

開発者はたぶんバカだ。でも愛すべきバカだ。「いいよいいよ、いっちゃえよー」的な、悪ふざけ的な匂いがぷんぷんする。僕はこういうバカが大好きだ。

どうでしょうか開発者さん、水牛まるごと一頭入りの『バッファローまん』なんてのは?



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