2009/06/23 (Tue) 現在ブログ整理中
2009/06/23 (Tue) 懐かしき会話
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2009/06/21 (Sun) シフトチェンジ
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2009/04/25 (Sat) おいっす
2009/03/05 (Thu) ダメサラリーマン


※最新記事は一個下から


進捗状況

・6/21 13時  リンク先整理

独断と偏見で、ブログが行方不明、もしくは主が別のブログを始めている等更新再開の様子がないリンク先様に関しては削除させていただきました。また、なじみの方々のサブブログとかも勝手にリンクしました。
もし「まだたまに君のクソブログ見てるよ。」とか「今はここでやってるよ。」とか「3秒以内にリンク消さないと、てめぇの家にピザ100枚届けるぞ。」とかいう方がいらっしゃいましたら、失礼な話なのですが、お声かけ下さい。新規でのリンク先も…いないと思うけど募集しましょうか(笑)



6/23 22時 過去記事整理

ブログスリム化のため、あまりにも内容がないものに関しては非公開にしました。


昔からの友人と電話で話してて。


友人 「でもさぁ、結局そういうことなんだよな。覚えてる?大学時代にさ、お前が言ったセリフ。あれ以来、俺、今だにお前の言ったことに感化されて、もう二度とあんなことはしないって誓ったんだけどな。」


私  「え?俺、なんて言ったんだっけ?」


友人 「いやね、『結局お前は多くに手を出して、その中で一個うまくいけばいいと思ってるんだよ。』と。『そんなんじゃ、真実の愛は見つけられないよ』って。」


私  「ああ、言ったかもなぁ。」


友人 「そんでさ、それ以来俺、もうあんなことはしないようにしてたんだよ。なんつーか、お前が言うところの『リスク背負っても勝負に出ろよ』ってやつ?」


私 「まあな、あの頃のお前はそういうとこあったからな。やっぱり、なんだろ、結果ダメだとしても、男として、って話だよな。男として、そこは勝負に出ようと。じゃないと、やっぱ成長もないだろうしな。」


友人 「そうなんだよなー。」



あの頃からどれくらい月日が経ったのだろうか。でもこんな会話が懐かしく愛おしい。


その時は、私も、随分と熱く語っていたっけ。


アダルトビデオは、オムニバスものではなく、女優単体ものだろ。


って。


ともあれ、現在4連休の二日目なのだ。まあ、ヒマである。

ため込んだ本を読むのは素晴らしい時間なのだが、何もしないで過ごすのはどうかとも思っている。いかんせん、この雨じゃ外に出る気もそうは起こらないので、そりゃブログも2連続で更新するわって話だ。

ヒマなのでブログの整理でもしようか。もう5年くらいダラダラと続けているので、文章も雰囲気も統一感がない。紹介文みたいのも、そこにいるのは大学生当時の僕で、正直ちょっと、こっ恥ずかしい。

思ってしまう。「今は、そんな頑張ってアピールする程の内容じゃないんすよ」って。

最近面白い文章が書けなくなってしまったのは、この場所に安心してしまっているから。昔なじみの人達がいて、そこで何もない日常会話をかわすことが心地よい。それはそれで、とても良いことなのだが、外へのチャレンジがないということはイコール刺激もないと言うこと。

このブログの今の形は、色々な過程を経て、出来上がったひとつの完成形だと思っている。ゆえに、これ以上の変化はないだろう。

日記的なアプローチではなく、映画や本の紹介、創作でもいいかもしれない、今まで自分の中でやったことのないアプローチで、もうひとつ場所を作ってみようか。この場所を残しつつであれば、出来るような気がする。

ただ、

「何をするか」それが最大の問題でもある。

ちょっと連休を使って考えてみよう。もし、「これ自分もやってるけど面白いよ」とか「こんなのやったらちょっと読みたいかも」みたいのあったらこっそり教えて。

結婚、結婚って。

最近、私と同世代の友人、特に女性が多い傾向にあるが、二言目には「結婚」というキーワードが出てくる。昔からの友人達も何人か結婚をして、個人的には「良くも悪くもだなぁ」という感じなのだが、やはり結婚をしていない面々から見ると、憧れなのか焦りなのか「結婚したい。幸せになりたい。」となにかの一つ覚えのごとく連呼している。

「ああ、うるさい。」という私と「でも自分もそろそろ。」という私がいて。「良くも悪くも」というのはやはり相手の方次第なのかと思うのだが、じゃあその相手は何に起因するかというと、やはりそれは自分自身なのだろう。

結婚したくて結婚するのか、好きの延長で結婚するのか。願わくば後者でありたいし、そう信じて生きてきたのだが、「孫の顔を見たい」などという親の声を聞くと、いわば「結婚を前提に」という恋愛へのシフトチェンジも、20代中盤を過ぎると強迫観念のごとく付きまとうのは事実だろう。

精神年齢が17歳の時で止まってしまっている(と信じている)私なんぞが些少ながらそう思うのであるから、今般の所謂「婚活ブーム」とやらに乗っかってしまう御仁に対して一概には否定出来ない。

10代後半、純粋に人を愛せた。

20代前半、これが真実だろうと信じていた。

20代中盤、なにが真実か分からなくなった。

これから、

ある種の割り切りをもって、ひとつの区切りをつけるのか。もう一度、ないかもしれない真実を探して歳を重ねるのか。

まあ、知ったこっちゃないって話か。

皆様は、三沢光晴という男をご存じでしょうか。

正直なところ、「たまーにバラエティーに出てるプロレスラーでしょ?」、というのが一般的な印象でしょう。

僕がプロレスと出会ったのは15年くらい前。彼の試合を見に、友達に連れて行かれたのがきっかけでした。プロレスファンには、共通言語となっている「三沢小橋」、あの試合でした。


「すげぇ。」

人間って、こんなことが出来るんだ。純粋な感動と衝撃でした。

プロレス、というものは非常に難しい世界です。プロレスファンからしたら実は単純な話なのですが、プロレスファン以外にその文法を説明するのはとても困難なものです。だからあえてブログ上ではほとんどプロレスの話はしたことないと思います。

ゆえに、まったく何も知らずにはじめて見にいった僕をとりこにした三沢光晴のすごさは、プロレスを好きになればなるほど深いものであることに気づかされていきました。

彼のもつ、プロレス的な華・技術はここでは語りつくせないわけなのですが、それだけでなく彼は一人の人間として尊敬すべき人物でした。義を重んじ、ファンを大切にしました。しかしそれは同時に、彼の体を疲弊させてもいました。

ここ数年、肉体的にはボロボロであることをファンは知っていました。「見苦しい」、一部の心ない人はそうも言っていました。いや、あえて、誤解を恐れずに言うのであれば、我々プロレスファンは「見苦しい」と言うべきだったのかもしれません。彼に夢を与えられ続けた僕らは、彼に甘えすぎました。

「試合中の事故」と報道がなされているかもしれません。それは違います。僕らの知っている三沢光晴はどんな技を受けても、必ず立ち上がります。プロレスで、彼が負けることはありません。

彼の死は、もしかしたら僕らファンのせいかもしれません。

「なにか書かねば」とブログを立ち上げたのですが、うまく言葉が出てきません。「ご冥福をお祈りします。」とか「夢をありがとう」とか、とても言う気にはなりません。無念でなりません。


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